奢ってもらったのだけど、誰が奢ってくれたかわからない。そんな経験、ありますか?
何時のこと?
あれはバブルがはじけ始めてたけど、誰も気づいてなかった頃。
私は新卒で入った会社を数年で辞めて専門学校に4ヶ月ほど通った後、再就職活動をしていた。
まだ景気が良かったとはいえ、そもそも転職が今ほど一般的でなかった頃。女性差別も色濃くて苦戦。最初の会社で何のスキルもつけられていなかったのも痛かった。
場所はどこ?
ある日、大学の同じゼミの男友達と二人で、銀座のお寿司屋のカウンターに座って話しこんでいた。
銀座のどこだったのか、詳しい場所は覚えていない。銀座といっても高級店ではない。回転寿司ほどではなくてもそこそこリーズナブルな値段で食べられる路地裏の小さい人気店。
隣にうらぶれたパチンコ店があり、友人とわたしはそこでパチンコしながら席が空くのを待つ。そして寿司屋の見習いの男の子が呼びに来てくれると、残ったコインをその子にあげていた。
その後そのお寿司屋さんは地上げでなくなったと聞いたので、今その場所にはビルが建っているのかも知れない。
何でそうなった?
食べ終わって友人が店の奥の会計に行ったら、血相変えて外で待っている私のほうに走って出てきた。まばらに人が行き来する細い路地をきょろきょろと見廻す。
聞いたら、私の左側に座って一人でビールを飲みながらお寿司を食べていた男性が、「隣の二人は大学の後輩みたいだから、ここまでの勘定を払っていく」と奢ってくれたらしいのだ。
レジを預かっているおじさんが私達に知らせようとしたのだが、「いやいや、言わなくていいから」と言って出て行った。それほど経っていないようだったので、友人は急いで探そうとしたわけだ。
私は彼の方を見て話していたので、左隣にどんな人がいたのか見ていない。
思い返せば、
ハローワークに行った話。少ない給付金。
履歴書に貼る証明写真の焼き増しを頼みに行ったら、3回目に写真屋さんが気の毒そうに目をふせたこと。
外国人と面接したら、訛っていて全然言ってることがわからなかったこと。
景気がいい世間とは対照的に、私はそこで惨めな話に終始していた。
そして彼が、「〇〇大学の〇学部出てたって、社会に出たら関係ないからさ~」みたいなことを言ったのだと思う。
私の不景気な話と私達の大学名が、たまたま私の隣で一人で飲んでいた男性の耳に入ったようなのだ。
いつか、やってみたい。
人生のとても辛い時に知らない人に御馳走になった。それは心にしみて、へこんでいた当時の私をとても励ましてくれた。
見ていないので、どんな人かもわからない。そして、その時の友人は急な病でその3年後に亡くなっていて、もう誰ともこのことを話さない。でも、今でも心に残っている。
知らない誰かに匿名で御馳走する。それも、絶妙なタイミングで。
いつかやってみたい、一番カッコイイ奢り方。