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「あの頃自分は苦しかったのだ」と認めることで心が楽になる

辛い記憶は誰にでもあるでしょう。些細なものから大きなものまで。

自分で「些細なもの」認定したものは、自分自身が「苦しかった」と認めたくないのです。でも、今回、認めることにして少し心が楽になりました。

「あの頃私は苦しかったのだ」と認める

コーチングを受けています。先日、「自分が学生時代に苦しかったこと」を話して、「でも、世の中にはもっと大変な人もいて、私はその中でも恵まれてるほうなのだから……」と否定にはいりました。この心の流れはいつも通りのもの。

コーチは、少し考えてから「苦しかったのなら、そういう自分を認めてもいいんじゃないでしょうか。」と、私が考えたことのない提案をしました。

そうしたら、何故か涙がぽろぽろと流れて、ああ、私はずっとこれを待っていたんだ、と気がつきました。

人が何と言おうと、どう思おうと、関係ない。私は苦しかったのだ、と認めたら、少し心が楽になったのです。

お金がなかった学生時代

大学生の時、お金がなくて苦しかったです。仕送りはあったけれど、それでは足りずに、早朝に起きて授業に出る前にファーストフード店に行って、夜は週に4回家庭教師のバイトをしていました。

土日にレストランでウェイトレスのバイトを見つけて喜んだのは、4時間以上働くと食事がついたから。朝10時から夜10時まで働くと美味しい食事が3食支給されて、週末は食べ物の心配がいらなくなりました。

本当は裕福な家のお嬢さんたちかうらやましかった

周囲の友人は自宅から通っている人が多かったし、下宿をしていてもバイトをしていない人がほとんどでした。

あとで考えたら、私が東京の大学に行ったのは、受験当時たまたま家族が東京に住んでいたから。もし受験の時に地方に住んでいたら、うちは、わざわざ娘を東京の大学にやるような家庭ではなかったのです。
当時、娘を東京の大学に出す家庭は普通より裕福な家庭だったのだと思います。

住んでいたのは築数十年の木造のアパートで、外階段に水色の波板がはってありました。隣の部屋の明かりが天井の継ぎ目から漏れて、ドアに直接穴が開けてあるポストからのぞかれたりするようなつくりでした。

自分で使うぶんは自分でバイトで稼ぐのだ、と背筋を伸ばしてプライドを持って元気に仕事をしていたので、当時、涙を流したことは全くありません。

でも、今思えば、本当は、働かなくてもお小遣いをもらえる裕福な家のお嬢さんたちかうらやましかったんです。バイトでは大した社会勉強もできていないことも薄々感じていました。

思い出したくなかった理由は

その時のことを思い出したくなかったのですが、それは、「苦しい思い出」だと自分が思うことを許していなかったから。

大学に行くのをあきらめる人もいれば、仕送りゼロで奨学金でまかなう人もいます。

私より、大変な人はたくさんいるから。だから、あの時が苦しかった、辛かったなどと言ってはいけない。

大学に行かせてくれた親に、仕送りが少なくて私が悲しかったなどと分かってしまったら悪い。

ずっとそう思ってきました。

「苦しい」「辛い」と思ってもいい

けれども、「あの時、私は辛かったのだ、苦しかったのだ」と認めることにしました。
そうしたら、少し心が軽くなりました。

苦しかったり辛かったりした時に、「もっと大変な人もいるのだから」「親に悪いから」と我慢をすることはありませんか?

「自分は苦しいのだ」と認めるだけ、誰にも迷惑をかけないのに、我慢する必要なんてない。

自分の心で決めるだけなので「もっと大変な人」が出てきて「あなたは贅沢だ」と文句を言うこともないし、親に知れることもないのです。

「私は苦しかったのだ、辛かったのだ」と認めてもいいんじゃないでしょうか。

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